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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3585号 判決

平成七年事件及び平成八年事件原告

小野寺寅雄

右訴訟代理人弁護士

伯母治之

平成七年事件被告

林みよ

右訴訟代理人弁護士

佐々木秀雄

塚本まみ子

平成八年事件被告

石井公児

右訴訟代理人弁護士

菅野則子

主文

一  平成七年事件及び平成八年事件について、原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は右両事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

(以下、平成七年事件及び平成八年事件原告を「原告」、平成七年事件被告を「被告林」、平成八年事件被告を「被告石井」という)

一  平成七年事件

被告林は原告に対し、東京都新宿区西早稲田三丁目九番三の宅地196.16平方メートル(以下「本件土地」という)のうち、別紙図面1の一点鎖線で表示した部分にあるガス管及び二点鎖線で表示した部分にある水道管を撤去せよ。

二  平成八年事件

被告石井は原告に対し、本件土地のうち、別紙図面1の点線で表示した部分にある水道管を撤去せよ。

第二  事案の概要

一  請求の原因

1  原告は本件土地を所有している。

2  被告林は本件土地内の別紙図面1の一点鎖線で表示した部分にガス管を、二点鎖線で表示した部分に水道管を敷設している。

3  被告石井は本件土地内の別紙図面1の点線で表示した部分に水道管を敷設している。

4  よって、原告は被告らに対し、本件土地の所有権に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告林)

請求原因1及び2の事実は認める。ただし、ガス管及び水道管の敷設された正確な位置は争う。

(被告石井)

請求原因1の事実は認める。同3の事実は否認する。被告石井は、自己の水道管が近隣土地の使用収益を阻害しないように、それらの土地のほとんど境界線上に水道管を設置している。被告石井の水道管が本件土地内を通過しているのかどうかかなり疑問である。被告石井としては、原告が本件土地について工事をする場合には、被告石井の水道管が本件土地内を通過している事実を確認する機会を与えてもらいたいと考えている。

三  抗弁

(被告林)

1 林の土地は袋地であり、被告林は本件土地内のガス管及び水道管設置部分に囲繞地通行権を有する。

2 被告林は本件土地の東側部分に通行地役権を有しており、ガス管及び水道管はその部分に設置しているものである。

3 被告林は、本件土地の前所有者である増田弘次との間で、昭和四四年にガス管導入のための地役権の設定を受けた。また、水道管については、原告が昭和五九年ころ、被告に諮ることなく独断で旧水道管を現在の位置に移動させたものであるから、その行為自体によって原告は水道管導入のための地役権を設定したものである。

4 被告林は原告の前所有者である増田からガス管設置の了解を得たので、増田から本件土地の所有権を取得した原告は、右ガス管導入の負担付の土地所有権を取得したものである。

5 被告林の所有土地にガス管又は水道管を引くためには他人の土地を通過しなければならないのであり、したがって、被告林の所有土地はいずれも導管に関して袋地ともいうべきものである。現代都市生活においては、ガス、水道設備は不可欠であり、民法の囲繞地通行権の規定又は下水道法一一条の規定の類推適用により、被告林は、本件土地にガス管及び水道管を敷設する権利を有する。

6 本件土地に被告林所有のガス管及び水道管が設置された経緯、現在の本件土地及び被告林所有土地並びに付近の土地の利用状況等にかんがみると、原告の本訴請求は権利の濫用である。

(被告石井)

1 被告石井は昭和四一年四月ころ被告石井所有地に建物を建築した。その際、近隣土地所有者の了解を得て、ほとんど境界線上で、土地の使用収益に影響を与えない位置に水道管を設置した。これによって、右水道管設置につき地役権設定の合意があったものというべきであり、昭和四五年に本件土地の所有権を取得した原告は、その際、この状況を認識していたのであり、その後二六年を経ているので、原告と被告石井との間には、黙示の地役権設定の合意が成立しているものというべきである。

2 被告石井の所有土地に水道管を引くためには他人の土地を通過しなければならないのであり、しかも、現在同被告所有の水道管が通っている本件土地内の部分は、原告の土地利用に格別の不利益を与えない部分である。したがって、民法二一〇条一項又は下水道法一一条の規定の類推適用により、被告石井の水道管が本件土地を通過することは認められるべきである。

3 本件土地に被告石井所有の水道管が設置された経緯、現在の本件土地及び被告石井所有土地並びに付近の土地の利用状況等にかんがみると、原告の本訴請求は権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも争う。

第三  当裁判所の判断

(原告の被告林に対する請求について)

一  請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがない。原告と被告林の各所有地の境界については、昭和五九年に被告林が原告に対して境界確定訴訟を提起し、平成六年一月二七日に言い渡された東京高等裁判所の判決の確定により、両当事者間で確定したものである(弁論の全趣旨)。原告は右判決の確定を受けて、判決で確定された境界を前提として本件訴訟を提起したものであり、本件土地内に被告林所有のガス管及び水道管が埋設されていること自体は当事者間に争いがない。そして、本件土地内に被告林が敷設しているガス管及び水道管の正確な位置は、これを撤去する場合に本件土地を掘り起こして確定することができるのであり、その正確な位置を本件訴訟の段階で予め確定しておかなければ権利関係の判断ができないような事情はないので、原告の被告林に対する請求については、原告が主張する程度のガス管及び水道管の位置の特定で原告の請求の当否を判断するのに支障を生じない。

二  被告林所有のガス管及び水道管の撤去請求についての判断の基礎となる事実関係及び法律関係

1 本件土地は、東京都新宿区内にあり、また、JR高田馬場駅及び地下鉄東西線早稲田駅からいずれも約一キロメートルの距離内にあり、たとえ狭い土地であっても、一般の居宅のほか、アパート敷地等として利用されている地域である(公知の事実)。

2 被告林は、昭和四四年、本件土地の北側に位置する自己の所有地(九番五の土地)に自宅兼アパート用建物を新築したが、その当時、右土地から南側私道に通じる通路は、同被告提出の平成七年八月二一日付け準備書面添付の図面によっても、北端で幅約一メートルしかなく、また、同被告所有地の北側の公道に通じる道路は、やはり幅一メートル余りしかなく、他に同被告所有の土地への通路はない状況にあった(乙イ第一号証の三及び四並びに弁論の全趣旨)。したがって、被告林が昭和四四年に建築した同被告所有の建物は、建築基準法に定める接道要件を満たさず、同法に違反した建物であり、その当時も現在も、被告所有地には適法な建物を建築することが不可能な状況にある。

3 被告林は本件土地の一部にガス管及び水道管を敷設して自己の所有地内に都市ガス及び水道を引いている。被告林が本件土地を用いないでガス管及び水道管を自己の敷地内に引き入れるとすると、被告林所有地の通路の現状からみて、北側通路を経由するのが最も適切な方法である。

ところで、この道路は、水路敷(暗渠)になっているため、ここに水道管を通すとなると、これを管理する新宿区の使用許可を要する(東京都新宿区公共溝渠管理条例)。しかし、被告石井は、現にこの道路を経由して自己の所有地内に水道管を引いており、被告林も同様に、この通路を使用して水道管を引くことは、同被告の相応の努力があれば可能である(乙ロ第三号証の二、弁論の全趣旨)。

被告林は、右水道工事に一八九万五〇〇〇円程度の費用を要し、不相応な費用を要する場合に当たると主張する。しかし、一般の土地所有者が水道工事をする場合にかかる費用の額、本件土地付近の土地の利用状況及び価格等からすれば、右工事費がかかるからといって、右水道工事が不相応な費用を要する工事であるとはいえない。

4 右通路にガス管を通す場合、暗渠にガス管を設置することになる。しかし、暗渠内を水路に平行してガス管を設置することは、公共の安全上、一般には認められていない。そのため、ガス管については、許可を得られる可能性が極めて低い(乙イ第八号証、弁論の全趣旨)。

ガス管を引くことができない場合、熱源として都市ガスを用いないという選択肢がある。現在の家庭用熱源機器の製造、販売の実情からすれば、都市ガスを熱源として用いなくとも、電気、灯油、プロパンガスのいずれか又は幾つかを組み合わせて熱源とする方法により家庭生活を営むことが可能である(被告林は、近所の燃料店に出向いてプロパンガスの取扱いの状況を聞いた結果を報告書にしている(乙イ第九号証)が、この報告書には、聴取した燃料店の名前が特定されておらず、原告提出の甲第六号証と対比して、信用できない。)。これに加えて都市ガスも利用できれば便利ではあるが、都市ガスについては、水に比してその必要度及び代替方法の存在に関して格段の違いがあり、都市ガスを使えない不便があるからといって、第三者の土地を経由してガス管を敷設することに当該第三者が協力すべき理由は、一般的にはないものといえる。被告林は、自己の所有建物がアパートを兼ねるものであり、同被告の家族及びアパートの住人の生活のために都市ガスは不可欠であると主張するが、そうであるからといって、当然に第三者の土地を経由してガス管を敷設することが許されるわけではない。都市ガスの利用による利益は、被告林自身の負担において確保するほかないものである。

下水道法一一条には、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地又は排水設備を使用することができる旨規定があり、井戸水や清潔な自然流水の利用が期待できない近時の都市生活においては、水道管の導入についても、右下水道法一一条の規定を類推適用することが適切な場合が少なくないが、都市ガスのガス管の導入については、右のとおりの事情から、右下水道法の規定を類推適用することは困難である。これと同じ理由により、都市ガスのガス管の導入について囲繞地通行権の規定を類推適用することもできない。

5 本件土地内の現在の位置に被告林所有のガス管が埋設されたのは昭和四四年のことである。その当時、本件土地内の東側部分に埋設されていたガス管が古くなっており、ガス会社から取り替えを求められていたため、被告林は本件土地の当時の借地権者であった伊澤義三及び原告に対し、その承諾を求めたが、原告からは承諾が得られなかった。そこで、被告林は被告石井の了承を得て、同被告所有の土地にガス管を埋設させてもらうこととし、同被告の土地に至るまでの本件土地内へのガス管の埋設の承諾を伊澤に求めたところ、伊澤は、「将来、宅地いっぱいに建物を建てる場合はガス管を速やかに撤去すること」及び「伊澤の借地権が消滅したときは伊澤の承諾の効力は消滅し、新権利者に引き継がれないこと」について被告林に念書を入れさせた上、右条件付きでガス管の埋設を承諾した。その後、本件土地を原告が所有することとなり、かつ、伊澤の借地権が消滅した後において、右ガス管の埋設に関し、原告と被告林の間で新たな合意が成立したような事情はない(甲第三、第四号証、弁論の全趣旨)。

6 水道管については、従来本件土地内東側の別の位置に埋設されていたものを昭和五九年に現在の位置に移設したものである。右水道管の移設は、原告が現在の建物を建築する際、ここに水道管があることを知らずに工事を進めて損傷が生じ、配管位置の変更について被告林の承諾が得られなかったため、その後、建築業者において、水道管を一三ミリから二〇ミリに変更し、被告林宅のトイレの調整をするという条件を提示した上被告林の了解を取り付け、建物建築に支障のない現在の位置まで移設したものである(甲第六号証)。

7 被告所有のガス管及び水道管が本件土地内の現在の位置に存在していても、原告所有の建物の使用上直ちに支障があるわけではない。しかし、原告は、本件土地上に駐輪設備を建設しようとしており、そのおおよその位置及び構造は確定している。右計画に従って駐輪設備を建設すると、これによって地盤の変位等が生じ、本件土地内にある被告林所有のガス管及び水道管に損傷が生じる可能性がありうる。それを防ぐため、被告林所有のガス管及び水道管に何らかの手当てをした上で駐輪設備を設置するのが望ましい状況にある(甲第七、第九、第一〇号証)。

8  当裁判所は、右の点において、建築の専門家の意見を求めた上で解決を図る目的で、職権により本件を調停に付した。一級建築士であり、構造計算に関する専門家である大橋完調停委員は、右駐輪設備の基礎工事について構造計算の上意見を提出し、右ガス管及び水道管を敷設したままであっても、別紙図面2に表示するA、B、Cの三通りの工事方法を選択すれば右駐輪設備の基礎工事をすることが可能である旨の意見を述べた。一級建築士であり、土木関係の専門家である藤田一郎調停委員も、これと同意見である旨述べた。

大橋調停委員の意見によれば、別紙図面2に表示するA、B、Cの三通りの工法により増加する費用は、Aの方法を取る場合には、B又はCの方法を取る場合に比べて高額となるが、いずれにしても、本件土地や駐輪設備の価格と対比して、不相応に多額の費用とはいえないとのことであった(裁判所に顕著な事実)。

9 原告は、本件土地内に所有する建物の居住者のために、近い将来、埋め込み式の受水槽を設置する計画である旨主張し、右受水槽を設置するとなると、被告林所有のガス管及び水道管を本件土地内から撤去しなければならないと主張する。しかし、右計画は未だ具体化されておらず、受水槽の位置、形状及び構造は明らかにされていない。

三  被告林所有のガス管及び水道管の撤去請求の可否

前記二認定の事実関係及び法律関係に基づき、原告の被告林に対するガス管及び水道管の撤去請求の可否について判断する。

1 原告は昭和四五年三月に本件土地の所有権を取得したものであり、一方、本件土地内の被告林所有のガス管はそれ以前に設置されたものであり、水道管はそれ以前に設置されていたものを昭和六〇年ころの工事により原告が位置変更をしたものである。被告林が本件土地内にガス管及び水道管を設置するについて、原告がこれを承諾したことを認めるに足りる証拠はない。

被告林は、本件土地内の水道管について、原告が昭和五九年ころ、被告に諮ることなく独断で旧水道管を現在の位置に移動させたものであるから、その行為自体によって原告は水道管導入のための地役権を設定したものであると主張する。しかし、原告が本件土地内に建物を建てるため、前記二の6認定のような事情からやむなく水道管を移設したことが、被告林に対し地役権の設定を認めたことにはならないことは明白である。被告林の右主張は理由がない。

被告林は、本件土地内に囲繞地通行権又は通行地役権を有する旨主張するが、被告林の土地は北側水路敷上に通路があるのであり、被告林が本件土地内に囲繞地通行権を有するものとは認められない。また、被告林は本件土地について通行地役権の登記又は契約書を有しているわけではなく、他に被告林が本件土地について通行地役権を有することを認めるに足りる証拠はない。

被告林は、本件土地の前所有者である増田弘次との間で、昭和四四年にガス管導入のための地役権の設定を受けたと主張するが、これを認めるに足りる証拠もない。

次に、被告林は、原告の前所有者である増田からガス管設置の了解を得たので、原告は右ガス管導入の負担付の土地所有権を取得したものであると主張する。しかし、仮に増田が被告林に対し、右ガス管の設置を承諾していたとしても、地役権ないし賃借権の登記その他の第三者に対抗できるような何らの措置も講じられていない以上、原告が被告林主張のような負担付所有権を取得するいわれはない。被告林の右主張も理由がない。

被告林は、民法の囲繞地通行権の規定又は下水道法一一条の規定の類推適用により、本件土地にガス管又は水道管を敷設する権利を有する旨主張する。しかし、ガス管については、前記一の4記載のとおり、囲繞地通行権の規定又は下水道法一一条の規定を類推適用する余地はない。また、被告林の所有地が囲繞地であるとしても、同被告所有地の通路の状況及び付近の土地の利用状況からみて、同被告がその所有地に水道管を引き入れる場合、その北側通路を経由するのが最も適切であり、本件土地について囲繞地通行権の規定又は下水道法一一条の規定を類推適用して水道管の設置を認めるべき事情にはない。

以上のとおりであるから、原告は被告林に対し、本件土地の所有権に基づき、被告林所有の本件土地内のガス管及び水道管を撤去するよう求めることができる。

2 そこで、原告が被告林に対し、右ガス管及び水道管の撤去を求めることが、権利の濫用となり、又は信義則に反するものであるかどうかについて検討する。

被告所有のガス管及び水道管が本件土地内の現在の位置に存在していても、原告所有の建物の使用上直ちに支障があるわけではない。しかし、原告は、本件土地上に駐輪設備を建設しようとしており、そのおおよその位置及び構造は確定している。右計画に従って駐輪設備を建設すると、これによって地盤の変位等が生じ、本件土地内にある被告林所有のガス管及び水道管に損傷が生じる可能性がありうる。それを防ぐため、被告林所有のガス管及び水道管に何らかの手当てをした上で駐輪設備を設置するのが望ましい状況にあり、そのためには、別紙図面2に表示するA、B、Cの三通りの方法がある。

そして、被告林の本件ガス管及び水道管の設置が、現在は、所有者である原告に対して正当な占有権原を有しないものであるとしても、それらを設置した際には土地の利用権者の承諾を得ていたものであったこと並びに原告と被告林が隣接土地の所有者であることを考えると、隣地所有者の信義則からみて、被告林が別紙図面2に表示するA、B、Cのいずれかの方法を取ることにより増加する費用を負担する限りにおいては、原告は被告林に対して、右ガス管及び水道管の撤去を求めることは認められないものというべきである。一方。弁論の全趣旨によれば、被告林は、原告の選択に基づいてなされる別紙図面2表示A、B、Cの三通りの方法のうちのいずれかに要する費用を負担する意思があり、原告の請求があれば、相当期間内に右費用増加分を支払うものと認められるから、その限度において、原告の被告林に対する本訴請求は棄却されるべきものである。なお、右三通りの方法は、いずれも当裁判所からみて不相当とはいえないものであるから、それらのうちのいずれを選択するかは、本件土地の所有者である原告に委ねられているものというべきである。ただし、Aの方法を取る場合には、B又はCの方法を取る場合に比して明らかに費用が高くなることから、その方法を選択する具体的理由を事前に開示すべきである。

3 本件土地付近の客観的利用状況からすれば、被告林は、同被告所有地の北側の通路(水路敷)を通じて水道管を引き入れるべきものであり、今後も引き続いて、当然に、本件土地を使用することが許されるわけではない。被告林としては、相当期間内に右通路を通じて水道管を引き入れるよう努めるべきものである。そのために費用を要するとしても、それによって右努力義務が軽減されるものではない。

ガス管については、水道管に比べて通路(水路用暗渠)の使用許可が得られる可能性が極めて低いものであるが、ガス管については前記一の4認定のような事情があり、本件土地内を通すことについての原告の受忍の範囲は限定される。したがって、被告林としては、原告の土地利用に支障が生じないような最大限の努力(原告に新たな土地利用の必要が生じたときは、被告林の費用で、境界線の直近の位置にガス管を移動させる等)をするのでなければ、仮に被告林が都市ガスを使えなくなるとしても、本件土地内にガス管を設置することは許されないものというべきである。

このような事情にあるから、水道管については、原告が別紙図面2に表示するA、B、Cの三通りの方法のうちいずれかを採用して駐輪施設を建築した後に老朽化し、これを取り替える必要が生じたとしても、改めて原告の承諾がない限り、被告林が本件土地内で工事をすることが許容されるものではない。地震その他の天災により水道管に対して補修措置を講ずる必要が生じた場合には、被告林の責に帰すべき事由がないから、被告林が費用負担をする場合には、補修措置を講ずることが認められる。ただし、被告林が老朽化した水道管を放置し、北側通路からこれを導入する努力を怠っていたと認められる場合は、補修が認められないことがありうるのはいうまでもない。

ガス管については、水道管に比べて北側通路を経由して管を引き直すのに大きな制約があるため、直ちに右のようにはいえないが、都市ガスは水に比べて不可欠なものとはいえないので、ガス管が老朽化したためにこれを取り替える必要が生じたとしても、被告林において自己の費用負担において原告の土地使用の妨げとならない位置にこれを移設する等の策を講じない限り、右取り替えは許されないものというべきである。

また、ガス管及び水道管のいずれについても、原告は自己の都合により本件土地内の他の位置に移設することができるものというべきである。

4  以上のとおり、原告の被告林に対する請求は、現時点においては理由がないから、これを棄却することとする。

(原告の被告石井に対する請求について)

一  被告石井所有の水道管が本件土地内に存在しているかどうかについては、本件訴訟の全経過及び弁論の全趣旨からして、おそらくその一部が本件土地内の境界線付近に存在しているであろうことは推認されるものの、どの程度本件土地内に入っているかについての確たる証拠はない。特に、右水道管が境界線上にあるブロック塀にほぼ接していること(乙ロ第四号証)及び公図によると九番の六の土地(西江所有地)の西側端は被告石井の所有地の西側端と一直線になっておらず、幾分本件土地内に食い込んでいるように見えること(乙ロ第一号証)からすると、被告石井所有の水道管が、同被告所有地に引き込まれるごくわずかの部分において本件土地内に侵入していることは推認されるものの、それ以上にどの程度が本件土地内に入っているかははっきりしない。

二  被告石井は、右水道管の設置につき、地役権の設定があったと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、被告石井は、民法二一〇条一項又は下水道法一一条の規定の類推適用により、右水道管の設置が正当として認められる旨主張するが、同被告所有の土地はその南側において私道と接しているのであり、現状では、この私道を通じて水道管を引くのが最も適当な方法といえるので、右主張も理由がない。

しかし、被告石井所有の水道管が本件土地に入っている程度が右一認定のとおりであり、一方、原告が本件土地を使用する必要性が前記認定(被告林に関する認定二の7ないし9)のとおりであり、被告石井の水道管が存在するままでも駐輪設備の工事が可能である以上、原告と被告石井の隣地所有者としての信義則からして、被告石井の水道管がどの程度本件土地に入っているのかを両当事者で確認し、その程度に応じて両当事者間で対応策を協議し、その協議が調わないこととなった後でなければ、原告が被告石井に対し、水道管の撤去を求めることはできないものというべきである。

なお、仮に被告石井の水道管が本件土地内に入っていることが確認され、その後、原告が別紙図面2に表示するA、B、Cのいずれかの方法で駐輪設備の基礎工事をした場合、被告石井所有の水道管の存在のために増加した費用相当額は、被告林と同様に、被告石井も負担すべきものである。ただし、Aの方法を取る場合には、B又はCの方法を取る場合に比して明らかに費用が高くなることから、その方法を選択する具体的理由を事前に開示すべきである。

三 以上のとおり、原告の被告石井に対する請求も、現時点においては理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官園尾隆司)

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